2017 スペシャルイベント「絵本の300年を旅する~『世界図絵』から今日まで」
11月26日(日)、〈絵本の100年と未来研究会〉の仲間が自由学園明日館・大教室タリアセンに集結、はじめての企画展示「絵本の300年を旅する」開催当日を迎えました。
所狭しと発行順に並べた約400冊の絵本は、以下のような構成。
〈社会背景と絵本のたどった道〉
1658年/世界最初の絵本と言われるコメニウスの『世界図絵』
18世紀~19世紀/20世紀までの絵本
1900年~1945年/『児童の世紀』と印刷技術
1945年~2000年/二つの大戦を終えて
1950年~1990年/日本の絵本の爆発
2001年~/21世紀、絵本はどこへ向かうのか
〈特設コーナー〉
・しかけ絵本ってどんなもの?
・日本の絵雑誌
・最近売れている絵本って?
晴天にも恵まれ、13時のオープンとともに、お客さまが続々とご来場、1冊1冊の絵本を熱心にご覧になっていました。
14時からはJULA出版局代表・大村祐子氏の特別講座。今回、展示した絵本の大半は、子どもの本の編集に50年以上携わる大村氏が収集したもの。大村氏のナビゲートのもと、駆け足で絵本の300年をたどりました。全部は網羅できませんが、順を追ってご紹介します。
①世界最初の絵本、コメニウスの『世界図絵』(1658)
コメニウスはプロテスタントであり、三十年戦争の体験から、子どもたちには、広い知識と、自分で考える力が必要と考え、『世界図絵』をつくりました。彼の考えは、後の教育学の礎となり、「子どもの権利条約」にも受け継がれました。
②20世紀までの絵本
18世紀から19世紀にかけての絵本は、2つの絵本コレクション「オズボーンコレクション」「ベルリンコレクション」から紹介されました。『世界図絵』の流れを汲んでつくられた、『最新世界図絵』にはカラー印刷の図版がたくさん収録されます。ただし、両面に印刷する技術がなかったため、カラーのページに図版をすべて詰めこむようなスタイルでつくられています。18世紀後半、イギリスのエヴァンズ工房が多色刷木版の技術を開発すると、ここからクレイン、グリーナウェイ、コールデコットなど有名作家が輩出されることとなりました。
はじめて児童文学が現れるのも18世紀の終わりごろでした。子どものための本をつくるという考えがしだいに高まります。もちろん、識字教育(広い知識を子どもたちに与えたい)、宗教教育(長生きできない子どもが多かった。神の教えや宗教に支えられたモラル)、産業革命(子どもを労働力とするため)に基づくものでしたが、お金持ちの家庭だけのものだった本が、庶民にも広がっていった時期です。
③20世紀初頭の絵本
20世紀のはじめ、今も世界各国で愛される絵本が生まれています。ポターの『ピーターラビットのおはなし』(1902)です。
1900年、エレン・ケイは著書『児童の世紀』で、「20世紀は子どものための世紀にならなければならない」とうたいます。児童は固有の人権を持ち、未来への可能性をもつという考えは、世界各国に影響を与え、世界的な教育運動に発展しました。
ロシアでは、ロシア革命の風潮と相まって、ロシア・アバンギャルドの作家たちが次々に美しい絵本(インフォメーションブックス)を手がけます。フランスでは、フォシェが「ペール・カストール・アルバム」を創刊、新しい教育に基づく創造の喜び、自然の驚異に触れる、各国の生活を知り敬意を払う、という3つのポリシーに基づき、絵の質、心に響くわかりやすい文章にこだわった本をつくります。第1作は『お面を作る』という内容でした。日本でも、『リスのパナシ』などが翻訳出版されましたが、部分的に紹介され、のちに廃刊になったために、創刊の意図はきちんと伝わらない結果となってしまいました(その後復刊されたものもあります)。
日本にも、新教育運動はおこりました。子どもは大人の所有物ではない、子どもも感情や考えがある独立した人間として考えるべきだという思想のもと、新しい教育を掲げた私立の学校が次々に設立され、同時に本物の詩やお話をこどものために創作する芸術運動が起こります。童謡運動もその一つでした。雑誌「赤い鳥」「金の船」「童話」が創刊され、若者たちが新しい表現である童謡に取り組みました。その大きな成果が金子みすゞです。彼女の童謡は、子どもを本当にいかす詩、子どもの心の延長線上にある詩でした。日本はこの時期に、今も読みつがれる絵本を残すことはできませんでしたが、みすゞの詩のもつ普遍性は新しい教育運動、子ども観のたまものだったと考えられます。
④アメリカの絵本の黄金時代
アメリカでは、ヨーロッパの文化に依存することなく、独自によい絵本をつくろうという考えが起こります。ボイド・スミスの『ノアの箱舟』(1905)は、ヨーロッパの影響を受けつつも、動物夫婦の会話にアメリカらしさが現れ、格調高いアメリカの最初の絵本であると評されました。
1918年にマクミラン、1922年にダブルデイという、いずれも大手出版社が児童書専門部門を作り、女性編集者が責任者となります。また、カーネギーがアメリカじゅうに図書館を設立したり、ロックフェラー財団が各大学に児童研究所をつくるなど、子どもの教育に本気で取り組む気運が生まれ、子どもの本の黄金期を迎えることとなるのです。
ワンダ・ガアグ『100まんびきのねこ』(1928)、バージニア・リー・バートン『いたずらきかんしゃちゅうちゅう』(1937)『ちいさいおうち』(1942)、マーガレット・ワイズ・ブラウン『ぼくにげちゃうよ』(1942)…編集者だけでなく、女性の絵本作家たちが次々に名作を生みだしました。講師大村氏は1942年生まれ、同い年の絵本たちが今も読みつがれています。普遍的な要素をもった子どもの本の息の長さを感じます。
⑤二つの世界大戦を経て
1945年、第二次世界大戦の終結をもって、世界中で二度と戦争をしたくないという反戦の声がおこります。絵本にも、人間の深い心を描くものが増えました。人種の問題やいろんな生き方を描かれるようになっていくのです。
日常のなかでの子どもの悩みを描いたフランシスのシリーズ、やんちゃで暴れなくてはいられない子どもの心理を描いたおさるのジョージのシリーズや『かいじゅうたちのいるところ』、いずれも爆発したい思いや悩みを解決し、やがて信頼する大人のもとに帰ってくる話です。
『どろんこハリー』のように町で働く人の姿を描くもの、黒人の子どもピーターを主人公とするキーツの作品、やさしく新しい人生観を提示する『ふたりはともだち』など、多様な世界観が絵本に現れてきます。
⑥日本の絵本
第二次世界大戦で焦土となった日本ですが、1964年の東京五輪、1970年の大阪万博と目覚ましい復興を遂げ、世の中がどんどん変わっていきました。
「岩波子どもの本」「こどものとも」などの双書で、海外のすぐれた作品の翻訳出版を中心に、日本独自のものもつくられるようになります。好景気に印刷技術の発達が重なり、またベビーブームとも重なって、矢継ぎ早に絵本がつくられることとなりました。
もちろん、良質なものもたくさん生まれましたが、売れればいいというものが混じる混乱も生じました。
1980年代になると、子どもの数が減り、市場に陰りが見えはじめます。そもそも、自己表現の手段という側面も持つ絵本は、子どものためだけではなく、大人のためのものも…という流れにつながっていきます。「大人が見ていいものこそいい絵本」などという考え方も生まれてきました。子どもの感性を見くびってはいないでしょうか。
⑦邪道? しかけ絵本
日本では、しかけ絵本は「邪道」だと言われます。でも、しかけ絵本は一括りにできるものではありません。18世紀後半から19世紀には名匠メッゲンドルファーの手がけるような、立体を絵本に封じ込めるような精巧なしかけ絵本がつくられ、黄金時代がありました。
飛び出す絵本だけではなく、素晴らしいしかけ絵本はたくさんあります。『THE MAGIC BOAT(魔法の船)』(1927)は、子どもが操作することで物語に参加できる「アクティビティ」と呼ばれるしかけ絵本の先駆けです。著者トム・ザイトマン‐フロイトは心理学者として世界的に有名なフロイトの姪です。
さわったりにおいを嗅いだりできる『pat the bunny(うさちゃんをなでてね)』(1940)もアクティビティの仲間。大村氏がJULA出版局で意識的に手掛けているのもアクティビティブックで、35年作りつづけています。
児童心理学に根ざし、子どもにとっていい本であるはずのしかけ絵本ですが、日本ではあまり認められていません。「エリック・カール以外は邪道」などと根拠なく言われてしまうこともあります。子どもに教訓や情報をただ詰め込むのではなく、子どもが自発的に学んでいく1920年代頃の新教育運動の流れという意味では、金子みすゞの童謡にも通じるものなのです。
⑧これからの絵本
絵本という表現手段が安易に使われることは心配です。印刷技術が発展し、四色分解が簡易にできてしまう時代、絵があれば絵本ができてしまいます。1冊ずつ丁寧につくられない、紙の質や色に注意が払われなくなっている…美しい絵本は子どもの宝物になるものなのに。
翻訳絵本にも危惧があります。適した訳がなされているのか? 子どもに読み聞かせをしていて、読みづらい言葉はないのか?
21世紀、世界が紛争や分断のただなかに、どんな本をつくっていったらいいのでしょうか。これからの子どもに力を与えるために、何を残していったらいいのでしょうか? たくさんの課題がありますが、可能性もたくさん詰まっています。
講座後の質疑応答タイムでは、“ここだけのお話”もたくさん飛び出し、とてもなごやかで充実した時間でした。終了後は、展示閲覧を待つお客様を再びお迎えし、会場は閉会時間まで熱気に包まれていました。
自分と同じ時代に生まれた絵本、成長とともに傍らにあった絵本をもう一度味わえる。世代を超えて共有できる。これが絵本の醍醐味であり、最大の魅力ではないでしょうか。一時の流行だけでなく、愛され続ける絵本を、わたしたち大人が、子どもたちに残していかなければいけないと、改めて心に刻むことのできたイベントでした。
多くの方から、「一日だけの展示ではもったいない。また、次回があることを楽しみにしています」という声をいただきました。
ご来場くださった皆さま、ありがとうございました。
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